岡山地方裁判所 平成11年(ワ)384号 判決 2000年6月23日
原告
高橋倫子
被告
山元和美
主文
一 被告は、原告に対し、金七七〇万円及びこれに対する平成八年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、歩行中に被告運転の自動車に衝突された原告が、被告に対して、自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償の一部請求として金七七〇万円及びこれに対する右交通事故の日である平成八年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故の発生
原告と被告との間に、次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 平成八年七月九日午前一一時四〇分ころ
(二) 場所 岡山市築港新町一丁目一八番五号先交差点
(三) 加害車両 普通乗用自動車(岡山五〇ま五九一〇)
(四) 右運転者 被告
(五) 被害者 原告
(六) 事故態様 右日時に右場所において、被告運転の加害車両が、右折中、横断歩道を歩行横断中の原告を跳ね飛ばしたもの。
2 責任
被告は、自己のために加害車両を運行に供していたので、原告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき損害賠償責任がある。
3 原告の受傷及び治療経過
原告は、本件事故により、岡山市福富の暈整形外科医院に通院し、右肘挫傷、左膝挫傷、右肩挫傷の傷病名で、本件事故の日から平成九年二月一八日まで(通院実日数一三二日間)治療を受け、その間、平成八年一〇月一日に岡山大学付属病院において検査を受け、その後、平成九年六月二〇日から、岡山市内の竜操整形外科病院等において、左腓骨神経麻痺等の傷病名で入通院治療を受け、平成九年九月二四日に症状固定となった。
4 原告と被告は、平成九年二月一九日、免責証書作成の方式で、次のとおりの示談をした。
(一) 右示談の日までの治療費四〇万三五八五円は被告が負担する。
(二) 被告は、原告に対し、本件事故につき、右示談の時点での既払金一三四万二五五〇円のほかに金六二万八〇〇〇円を支払う。
(三) 原告は、右示談の後は、裁判上又は裁判外を問わず、何ら異議の申立て、請求をしない。
二 争点
被告は、次のとおり原告が主張する後遺症とそれに基づく損害の発生の事実を争う。
(原告の主張)
1 後遺障害による逸失利益 金五六六万六〇〇〇円
(一) 原告は、本件事故により、症状固定後も左膝関節の機能障害や腓骨神経麻痺等の後遺障害があり、頑固な神経障害が残存していて、右後遺障害は、少なくとも自動車損害賠償保障法施行令二条の等級表(以下「等級表」という。)一二級に相当する。
(二) 原告は、自営業者であり、五〇歳における平成八年賃金センサス年収三三五万一五〇〇円の収入を得る蓋然性があり、労働能力喪失率を等級表一二級の一〇〇分の一四とし、労働能力喪失期間を一七年と考え、これに対する新ホフマン係数を一二・〇七七として計算し、一〇〇〇円未満の端数を切り捨てると、原告の逸失利益は五六六万六〇〇〇円となる。
2 後遺障害慰謝料 金二二四万〇〇〇〇円
3 弁護士費用 金七〇万〇〇〇〇円
4 よって、原告は被告に対し、本件事故による損害賠償として、右1及び2の損害合計金七九〇万六〇〇〇円のうち金七〇〇万円及び右3の弁護士費用七〇万円の合計金七七〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である平成八年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
原告に後遺障害は存在せず、本件事故によるその余の損害については、前記争いのない事実4のとおり示談が成立している。原告が後遺障害と主張する点につき、仮に原告にそのような痛みがあるとしても、主訴が中心であって、客観性が確保されていない上、本件事故との相当因果関係も認められない。
第三争点に対する判断
一 後遺障害の存否及びこれによる逸失利益について
1 前記争いのない事実に証拠(甲二ないし四、五の1及び2、一〇、一二、一八ないし二〇、二一の1ないし4、乙一の1ないし8、二の1ないし8、七ないし九、原告)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、平成八年七月九日の本件事故の際、被告運転の加害車両が原告の左膝に衝突した衝撃で加害車両のボンネットに乗り上げ、右肩、右肘及び左手小指を打撲し、本件事故の当日に暈整形外科医院で診察及び治療を受けた。
(二) 同医院での初診時、レントゲン画像診断では、原告の左膝に異常所見は認められず、約三日間の安静加療を要する見込みと診断されたところ、同月一八日ころから左膝窩部に腫脹が出現し、右肘挫傷、左膝挫傷、右肩挫傷の傷病名で、理学療法を中心に、被告加入の保険会社から同社負担による治療中止の連絡がなされる平成九年二月一八日まで、実通院日数にして一三二日間治療がなされたが、その間、左膝関節内側部の疼痛が続き、立ち仕事をしていると腫脹及び疼痛が出現し、右の平成九年二月一八日時点では、左前膝蓋滑液泡炎との診断名が付された。
(三) 原告は、その後も疼痛が残っていたため、国民健康保険を利用して一部自己負担により、暈整形外科医院で、同年六月一七日まで治療を受けた。
その後、原告は、一旦受診した赤堀整形外科医院の紹介で、平成九年六月二〇日から、岡山市内の竜操整形外科病院において通院治療をはじめたが、その初診時には、レントゲン画像診断に著変はなく、神経学的所見はとられなかった。原告は、同年七月一三日、左膝内障との傷病名で同病院に入院し、左膝については、同月一四日にMRI検査を、同月一五日には関節鏡検査を受けたところ、軽微な半月板損傷が認められ、同月一六日の時点で左腓骨神経麻痺が認められた。原告は、同月二三日に同病院を退院し、その後、同病院で通院治療を受けたが、左足関節の自動背屈が不能の状態である下垂足と認められたため、同月二五日、左腓骨神経麻痺(下垂足)との病名で左下肢装具の処方を受けてこれを装着するようになり、その後も理学療法を中心とした治療を受けたが、同年九月二四日に症状固定となった。
(四) 竜操整形外科病院は、症状固定日である平成九年九月二四日の時点で、原告につき、左膝内障、左腓骨神経麻痺により、左膝痛、左下肢しびれ・脱力があって、具体的には、他覚的所見としての徒手筋力テスト及び知覚検査により、左下腿から左足背の知覚鈍磨と左前脛骨筋足趾伸筋筋力低下の症状が認められ、その結果、労働能力は正常に近いが就労可能な職種が相当程度制限され、さらに、局部の神経障害としての知覚障害及び筋力低下により、時々労働に差し支えるものと診断した。同病院の担当医は、右診断についての照会に対して、平成一〇年二月二四日付けで回答し、その中では、左腓骨神経麻痺の発現機序の詳細は不明である旨及び左足関節及び左足趾の運動制限として、左足関節の自動背屈が不能で、左足趾も第一趾から第五趾まですべて自動伸展が不能である旨が述べられている。
(五) 原告は、症状固定時五〇歳で、小柄であって過度に下肢に負担のかかる身体的特徴は有しておらず、本件事故前は、下肢に何らの障害がなく、下肢についての既往症もなかったところ、本件事故による治療の過程で左腓骨神経麻痺が発現し、現在に至るも、左足首に全く感覚がなく、自力で左足首を動かすことができず、そのため、左足首を装具で固定して保護している状態が続いており、左膝については、サポーターをしていても、立っている時間が長くなると耐え難いほど痛みが激しくなる状態のまま現在に至っている。
2(一) 右の事実によれば、原告は、本件事故前は何ら左下肢に障害はなかったにもかかわらす、本件事故の際の衝突の第一次的衝撃が原告の左膝に集中し、その後の治療の過程において、疼痛や腫脹とともに左腓骨神経麻痺が出現し、症状固定時から現在に至る原告の左下肢の神経症状は、単に疼痛の自覚症状が認められるにとどまらず、他覚所見として、左下腿から左足背にかけて広範な知覚鈍磨が認められ、右知覚鈍磨の範囲が左膝から末梢にかけて腓骨神経の支配する部分であり、左足関節の自動背屈が不能で、左足趾も第一趾ないし第五趾まですべてが自動伸展不能となっていて、下垂足(垂れ足)の状態にあり、それがために原告は、医師の処方に基づき、装具をほぼ常時着用していることが認められ、これらの事実に照らすと、左足関節の自動背屈不能及び左足跡の自動伸展不能は本件事故により生じた左腓骨神経麻痺を原因とするものと認めるのが相当であり、左腓骨神経麻痺を含む原告の左下肢の神経症状は、他覚所見を伴い、かつ自覚症状の程度としても相当強固なものであって、等級表一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し、これによる原告の労働能力喪失率は一四パーセントと認めるのが相当である。
証拠(乙五、九)及び弁論の全趣旨によれば、原告が自賠責保険の保険金を請求したのに対し、自賠責保険の後遺障害認定手続において後遺障害に該当しない旨判断されたことが認められるが、右証拠に前記1で掲げた証拠を総合すれば、右判断は、暈整形外科医院の初診時にレントゲン画像で異常所見が見られず、竜操整形外科病院の初診時にもレントゲン画像診断に著変がなく、神経学的所見がとられなかったことに着目するがあまり、原告の左腓骨神経麻痺の発生原因としては本件事故において原告の左膝が受けた衝撃以外に何ら考え得るものがないにもかかわらず、これを考慮せず、原告の左足関節の背屈不能等が腓骨神経麻痺の神経症状の具体的発現であることを看過したものとの疑いを払拭できず、右自賠責保険の後遺障害認定手続上の判断が前記認定を妨げるものではない。
(二) 逸失利益算定の基礎となる収入について
証拠(甲六、八、一二、原告)によれば、原告は、約一八年間スナックを経営していて、右スナックの営業にかかる所得として、平成七年分の所得を九五万三三七六円として所得税の確定申告をしていることが認められるが、原告は、その本人尋問において、右確定申告が過少申告であった旨を述べており、飲食店経営において過少申告のなされることは、あってはならないこととはいえ、実際にはしばしば行われていることであること、前掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は老齢で介護の必要な両親と同居していて、右のスナック営業のほかに、昼間において、右介護を含む家事労働をしていることが認められ、これらの事実を考慮すれば、原告は、本件事故後、一般に就労可能と考えられている六七歳に至るまで、症状固定時である平成九年度女子労働者企業計学歴計全年齢平均賃金三四〇万二一〇〇円程度の年収を得る蓋然性があったものと認められ、原告の逸失利益の算定にあたっては、右年収額を基礎とするのが相当である。
(三) 労働能力喪失期間について
本件事故による原告の後遺障害については、本件全証拠に照らしても、症状固定後、その症状が徐々に緩和されているという状況はうかがわれないから、労働能力喪失期間については、症状固定時の原告の年齢である五〇歳から就労可能年齢である六七歳までの一七年間とするのが相当である。
(四) 逸失利益額
以上によれば、原告の後遺障害による逸失利益は、労働能力喪失期間一七年間に対応するライプニッツ係数一一・二七四を用い、次の計算式のとおり、五三六万九七三八円となる。
三四〇万二一〇〇円×一四パーセント×一一・二七四=五三六万九七三八円(一円未満切り捨て)
二 後遺障害慰謝料
原告の前記後遺障害の内容及び程度、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故による後遺障害により原告が受けた精神的苦痛に対しては、金二七〇万円をもって慰謝するのが相当である。
三 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟の提起及び遂行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理経過、認容額に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は金七〇万円と認めるのが相当であり、これを併せると原告が被告に賠償を求めうる総損害額は金八七六万九七三八円となって、このうち金七七〇万円及びこれに対する本件事故の日である平成八年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。
なお、被告主張の示談は、右示談の時点で明確となっていた治療費等の損害についてなされたもので、後遺障害に基づく損害が発生した場合にそれを対象とするものでないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、右示談の成立が本訴請求を妨げるものではない。
第四結論
よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容する。
(裁判官 村田斉志)